万葉集で大人気!令和の象徴『梅』の歴史~花梅・梅盆栽~

梅表紙02

前回は「実を楽しむ梅」を中心に説明したので、今回は「花梅」について解説いたします(≧▽≦)

実梅の回を見ていない方は、合わせてごらんくださいね。

梅とは?

ウメ科サクラ属の落葉高木。(学名:Prunus mume)英名では ジャニーズアプリコット(Japanese apricot)

名前のとおり、アプリコット(あんず)と近縁で交雑雑種も簡単にできる(実梅の豊後など)

原産地は中国で、同じく中国原産のアプリコットはヨーロッパでも利用されるが、梅は中国と日本などアジア諸国でしか利用がないようだ。

そのため学名も日本語の『梅』からきている「mume」となっている。

梅の歴史

今ではどこでも見られる梅だけど、もともとは日本になく、遣隋使が中国から日本にもちこんだのが始まりらしい。

古事記や日本書紀に「梅」の登場はなく、万葉集では一番人気の花になる。この間で大人気になったみたいだ(*‘ω‘ *)

万葉集には160種の植物が登場しますが、その中で人気ナンバー1は「ハギ」そして、ナンバー2が「梅」ナンバー3が「ヒオウギ」と続く。桜はこの時代あまり人気がなかったのか8位どまり(^_^;)

上流階級だけの花「梅」

読まれた数が2番目とはいっても、梅の人気も2番手かというとそうでもない。この時代梅はまだ一般庶民の手の届く植物ではなかったようです。

万葉集は世界でもまれにみる、いや他にはないといってもいい。天皇から一般庶民までの和歌を同列に扱いまとめられてた歌集。農民と貴族や皇室の歌が同じ本に載るなんてヨーロッパや中国では考えられないことです(=゚ω゚)ノ

ただし、やはり身分の差はあるので歌に出てくる植物に違いがあります。詠み人知らず(一般人)の歌に多く出てくるのが「ハギ」「ヒオウギ」など日本の里に古来から生える自然を呼んだものが多い中、上流階級の名の知れた歌人の歌には『梅』が登場する比率が高い。

これはまだ一般の人の目に触れる場所では梅が栽培されていなかったかもしれないですね。平安の時代の花見といえば、桜ではなく『梅』が主役だったというのも理由かもしれません(≧▽≦)

梅の花はまさに『令和』の象徴!

今の元号『令和』が万葉集からとられたことを知っている人は多いと思いますが、では万葉集のどこから出典になっているか知っていますか?

「令和」は万葉集の梅の花の歌三十二首の序文からとられたというのは知っている方も多いと思います。

『初春の月(れいげつ)にして 気淑(きよ)く風(やわら)ぎ 梅は鏡前(きょうぜん)の粉(こ)を披(ひら)き 蘭は珮後(はいご)の香を薫(かお)らす』 

この歌は 天平2年正月13日 、新暦の今だと2月中旬くらいに詠まれた歌で、情景としては

正月に大伴旅人の家にみんなで集まった外を眺めたら『梅』が咲いている。そこに見える自然の情景は美しく家の中にいてはもったいないと外に出て酒を酌み交わす。この素晴らしい時と情景をなんとか残しておきたい。そう考えた誰かが「この情景を歌に詠もう」と提案し皆で梅の花を題材にした歌会が始まった。

という内容が続きます。この後に梅を題材にここでうたわれた歌が納められているわけ。つまり「令和」という時代は梅の時代でもあるわけなんですよ(≧◇≦)!

天神様も愛した『梅の花』

太宰府天満宮

梅を語るうえで、歴史上外せないのが天神様こと「菅原道真」

京都で右大臣まですごい速さで出世した菅原道真は、周囲の反感から無実の罪で左遷させられる。その時京に残していく大切な梅に向けて詠んだ歌。

東風ふかば にほひをこせよ 梅の花 あるじなしとて 春なわすれそ

は有名(≧▽≦)

これは道真を慕う庭木たちは悲しみ、道真への思いが募りついには太宰府まで飛んで行ったという。これが『飛梅』伝説。

この時飛んできた梅は今も太宰府天満宮に現存していて毎年花を咲かせている。太宰府天満宮を訪れた際にはぜひ見てもらいたい。

今も人気「梅の花」

今でも花を楽しむ梅は人気が高い。今では赤やピンク、八重やしだれなど、そのバリエーションも様々。場所がなければ盆栽としても楽しめます。

今回は梅の歴史にフォーカスしたので、品種の紹介や育て方はまた次回(≧▽≦)

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